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資生堂、過去最大の520億円の赤字:「Drunk Elephant」の在庫切れが招いたマーケティングの敗北

資生堂とDrunk Elephantの在庫切れ問題を想起させるキービジュアル
SNSバズと現実の供給制約が衝突したとき、ブランドに何が起きるのか。

2025年11月、資生堂が2025年12月期の見通しを下方修正し、連結最終損益(国際会計基準)が520億円の赤字になるという衝撃的なニュースが飛び込んできた。主に米国事業でのれん減損損失約468億円(約3.1億ドル)の減損損失を計上したことが主な原因だ。この一時的な巨額損失により、同社の業績予想は一気に最終赤字へと転落。原因は明白で、2019年に高額買収した米国発のスキンケアブランド「Drunk Elephant(ドランク エレファント)」の不振だ。老舗・資生堂が誇る世界戦略の期待の星だったはずのブランドは、なぜここまで躓いてしまったのか?本稿では、その舞台裏に迫る。

Drunk Elephant:米国で熱狂を生んだクリーンビューティーの寵児

資生堂はこの成功に目を付け、2019年にDrunk Elephantを約8億4500万ドル(約920億円)という巨額投資で買収。当時、資生堂は同ブランドを「ネクスト5」のひとつに位置付け、将来的に年間売上1000億円規模のメガブランドへ育成する野心的な計画を掲げていた。まさにアメリカンドリームを掴むためのM&Aだったが、その後の展開は皮肉にも真逆の方向へ進んでいった。

インフルエンサー施策とSNSバズが生んだ想定外の需要

買収後、資生堂はDrunk Elephantのグローバル展開とブランド認知拡大に注力した。インフルエンサーとのタイアップやSNSキャンペーンが積極的に展開され、TikTokやInstagramでは同ブランドのスキンケア製品が次々とバズる事態に。特に2023年頃には、人気製品「ブロンジングドロップ」(約39ドルの日焼け用美容液)がTikTokで火が付き、「これを混ぜると肌が輝く!」と若年層の口コミが拡散。一躍バイラル・ヒット商品となった。

しかし、この狂騒的な盛り上がりは皮肉な結果を招く。SNSを通じた需要爆発に対し、生産と物流が追いつかなくなったのだ。2024年上半期、Drunk Elephantでは一時的に生産量と出荷量が大幅に落ち込み、各所で在庫切れが頻繁する事態に陥った。店頭から商品が消え、オンラインでも"Sold Out"の表示が相次ぎ、せっかく生み出したブランドの勢いに急ブレーキがかかったのだ。「2024年の供給トラブルで顧客離れが起き、米国と欧州の業績を押し下げた」と専門メディアも指摘している。

極めつけは先述のブロンジングドロップの品薄騒動。「人気が出すぎて、肝心の商品が手に入らない」というフラストレーションは、熱狂していた顧客の心を冷ますには十分だった。実際、資生堂の廣藤CFOも「売上減少の一因は在庫問題にあった」と認めている。約39ドルのブロンジング美容液がバイラルヒットしたものの品切れを起こし、ブランドのコア顧客に十分行き渡らなかったことが失速の原因の一つだと述べた。本来、美容感度の高いミレニアル世代やX世代が中核だったDrunk Elephantは、「セフォラキッズ(ティーン層)向けのブランド」に映ってしまい、従来ファンの離反も招いたと分析されている。

こうして、マーケティングで煽った需要に対して供給が追いつかないという最悪の事態が発生。在庫切れは機会損失になるだけでなく、ブランドイメージの棄損にもつながる。熱心なファンほど落胆し、一度逃した購買機会は二度と戻らないかもしれない。Drunk Elephantの失速は、その怖さを思い知る結果となった。

生産遅延と在庫切れの悪循環、回復の困難さ

もちろん資生堂側も手をこまねいていたわけではない。急ピッチで増産体制を整え、品薄解消に動いた。2024年後半には生産は持ち直したものの、生産が戻ったからといって売上がすぐ戻るわけではない、という現実が待っていた。一度失われた顧客の熱意は簡単には回復せず、ブランド自体の魅力を再構築する必要がある状況に陥った。

Drunk Elephantのケースでは、初動で供給不足に陥ったことがブランドへの信頼と熱量を大きく損ねたと言える。商品が買えなかった顧客は他社製品に流れ、せっかく撒いたマーケティングの種が競合ブランドの花を咲かせる結果になりかねない。さらに、在庫切れを埋め合わせるべく慌てて増産した頃には既に需要が冷え込み、逆に「過剰在庫」に悩まされるという需要と供給のミスマッチにも陥った。マーケティング部隊とサプライチェーン部隊の歯車が狂えば、ブランド成長の機会は一瞬で霧散してしまうのだ。

日本企業にも広がる「物流パニック」現象

実は、この「売りたいのに売る商品がない」という悲劇はアメリカの資生堂とDrunk Elephantだけの話ではない。近年、日本国内でも、SNS発の予想外な需要急増により供給が追いつかず販売休止に追い込まれるケースが相次いでいる。

例えば、ネスレ日本の麦芽飲料「ミロ」。「医師に体内の鉄分が平均の7分の1しかないと指摘された」という投稿者が、「ミロを飲んだことで平均値になった」という、貧血解消に関するツイートしたところバズを起こり、需要が前年比7倍に跳ね上がった。その結果、安定供給が困難となり一時販売休止に追い込まれたことは記憶に新しい。突然の品切れ続出に、Twitter上でも「嘘だろ…ミロが買えないなんて!」と驚きの声が広がった。同様に、ヤクルトの乳酸菌飲料「Yakult 1000」も、「しゃべくり007」にゲスト出演したマツコ・デラックスが「最近さぁ、ヤクルト1000……あれ飲んでからすごく眠りが良くなった」「1日1本でいいって言われてるんだけど念のため2本飲んでる」と発言したことでSNSで話題沸騰し、ネット通販の新規受付停止や店頭在庫の枯渇を引き起こした。店頭の乳酸菌飲料コーナーでも、ヤクルト1000の棚だけ空になり、お詫びの貼り紙が掲示された。

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流通アナリストの渡辺広明氏は、ミロ騒動を受けて次のように指摘した。「バズった商品の在庫コントロールは難しく、SNS欠品が起こってしまう。」つまり現代のデジタル時代においては、一夜にして消費者需要が爆発的に膨らむことがありえる一方で、リアルな生産・物流のスピードには限界があるということ。デジタル上の熱狂とフィジカルな供給能力とのギャップが、マーケティング担当者に新たな難題を突きつけている。

そして日本の消費財メーカー各社も、この課題に直面している。SNSマーケティングに成功して商品がバズれば、それ自体は喜ばしいことだ。しかし、そのバズる速度に生産計画や在庫戦略を合わせ込めなければ、ビジネス機会はロスするどころかブランド毀損のリスクに転じる。熱心に広告費を投下して話題になった途端「商品が足りません」では、消費者からの信用も失いかねない。事実、近年は日本でも消費財メーカーが広告代理店に「トラックを手配してほしい」と依頼するほど物流キャパシティが逼迫したケースもあると言う。マーケティングとロジスティクス(物流)は、もはや一心同体と言える。

教訓:「ロジスティクスはマーケティング」である

最後に、この一連の騒動から浮かび上がる戦略的な教訓をまとめる。それは極めてシンプルだが、しばしば見落とされがちな真理。「ロジスティクスはマーケティングである」——どれほど巧みな宣伝やブランディングで需要を創出しても、それを顧客に届け、期待に応えて満足させられなければ意味がないということ。

Drunk Elephantの例で言えば、マーケティングチームはSNSでバズを起こし、需要創造には見事に成功した。しかしサプライチェーンがそれに追随できなかったために、その需要を売上へ十分結実させることができなかった。結果としてブランドの勢いは萎み、数百億円規模の減損という高い代償を支払う羽目になった。

現代のマーケターやブランドマネージャーにとって、需要予測と供給体制の整備も立派なマーケティング戦略の一環であることを肝に銘じる必要がある。華々しい広告キャンペーンの裏側で、地味な在庫計画やサプライチェーン管理が疎かになっていないか? そのチェック体制こそがブランドの成否を分けると言っても過言ではない。

Drunk Elephantの失敗は、「商品が飛ぶように売れる喜び」が「商品がない恐怖」に転化した稀有なケースだった。しかし、どんな業界でも需要創造と需要充足が両輪で噛み合ってこそ、真のマーケティング成功が実現する。供給(ロジスティクス)無きマーケティングに成功なし。

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